丙午に生まれて

私の生まれた1966年といえば丙午(ひのえうま)。
今どき誰もそんなこと気にしないのでしょうけれど、今から50年前なら非科学的な言い伝え・迷信を信じる方々も多かったようです。

曰く、丙午に生まれた女は夫を食うと。

そのため、丙午の年は出生数が大幅に減りました。すでにピラミッド型を形成していないいびつな日本の人口ピラミッドの中でも、1966年生まれは特異点として容易に指し示すことができるギャップになっています。

まだ出生数が多く、子供がたくさんいました。日本の人口は増え続けており、都市部では郊外に続々と団地ができ、古くから人の住む地域にも新たな小学校ができて学区が分かれ、転校があったりしました。

そんな中で前後の年と比較しても2割も少ない子供の数。翌1967年は66年の影響を受けてむしろ出生数が増えたはずです。

入学試験でも各学校はあからさまな定員の調整はしなかったと記憶しています。その結果、1966年生まれの試験は全体的に緩い傾向になったのは間違いないと想像します。高校入試しかり、大学入試しかり。大学入試においては私たちはなんとしてでも現役合格とハッパをかけられていたはずです。何といっても翌年は、丙午の影響でそれまでの平年に輪をかけて出生数が増えている1967年生まれが現役となり、競争率の急上昇が不可避だからです。

この傾向は大学を卒業しても続きます。おりしもバブル期で、その後の大変動を知る由もない企業が大盤振る舞いをしていた頃に一致していました。少ない卒業生数に急増した雇用数という図式から導き出されるのは、超売り手市場。大企業が軒並み大学にリクルーターを派遣して、早めに優秀な人員を確保しようという動きが活発化していました。青田刈りというやつです。
会社訪問の交通費はすべて会社持ち。訪問後は学生にはまだ早いようなお店でインフォーマルミーティング、やっぱり会社持ちでした。

数年後、バブルがはじけました。

私たちの年の前後はバブル末期に就職しており、会社の中で同期が多く、世代間で見たときに人数が突出していたはずです。しかもその後に訪れた就職氷河期世代に比べて完全に甘やかされた就職活動を経ています。しかし世はバブル崩壊でリストラの嵐。会社も採用人員を大幅に絞り、就職氷河期へと向かう一途でした。入学試験でも就職でも広い門を悠々と通り抜けた1966年生まれはこのとき、会社にだぶついている不要人員だとか、競争を経ていないから生命力がないとか、いろいろな方面から散々こき下ろされました。

そして今、そろそろ会社の中の使えない人と化そうとしています。いやすでに文鎮化しているかもしれません。採用数が多かったために会社内の出世競争が厳しく、役職につくのが難しかったかもしれません。

一方で政府は足りなくなること必至の年金を、自らの労働をもって補填してもらうためか徐々に定年を遅らせる政策をとり、ついに70年定年を努力目標とするなどと公言しています。

またもや我々の世代は会社にとって大きな負荷を与えることになるかも知れない状況にあります。ただでさえ数が多い世代が、高い給与を取り、文鎮化し、しかも政策によって長らえさせられる社会的な生命をもって長期間企業に負担をかけることになりそうです。年寄りに金を払い続けるくらいなら、若い人間を採用したい、という一般的な傾向に逆らって。こちらから何かを働き掛けたわけでもないのに、長く働いてもいいというオプションを提示される時代になったのです。

結果として再度我々は批判を浴びることになるわけです。またお前たちか、いいかげんにしてくれ、と。

散々いい目にあってきた世代なのだから、批判の一つや二つどうってことないだろうと思われるのは問題ありません。ただちょっとだけ丙午の世代の弁護をするなら、この世代もまた、時代の流れにまかせて生きてきただけの木の葉に過ぎないということなのです。

そしてまた数年後に丙午がやってきます。少子化を懸念する今、丙午は影響があるのか。今を生きる世代が迷信に振り回されるとは思いませんが、今度の丙午生まれの世代も幸せな人生を送れることを祈っています。

フラクシと全然関係ない話になっちゃいましたが、少子化とか定年延長とかをニュースで聞いて。

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